その昔中学一年でコンピューターを始めてから4年ぐらい、電波新聞社のマイコンBASICマガジンを愛読していました。今みたいに情報が多くなかったので、僕が住んでいた小さな田舎町の小さな本屋でも買えたマイコン雑誌は貴重は情報源でした。
このBASICマガジンには、国産のマイコン(当時はマイクロコンピューターのマイとMYをかけて、マイコンと呼ばれていました)を中心に沢山のプログラムのソースリストが掲載されていましたが、今のようにCD-ROMやDVD-ROM、インターネットもないので、紙面に印刷されたプログラムを一文字ずつ入力していました。
出版元の電波新聞社が当時からあるのが、この五反田。大人になって東京で働き始めてからも1,2度しか来たことの無いこの街。先日仕事で来てみて、中学生の頃を思い出しました。ついこの前のような気がしますが、もう四半世紀以上も前のことですね。
Nikon D700 + Voigtlander ULTRON 40mm F2 SL II Aspherical
By Fotografia 2010/6/15 火曜日 - 23:30:27
じびさんこんばんは
そういえば私たちは一緒に働いていたんですねぇ。
私は落ちこぼれみたいなので、実力トップクラスの
じびさんがまぶしかったです。ほんとに^^
By じび 2010/6/15 火曜日 - 21:02:30
私は最初、ゲームばかりしてました。(^^;
昔、情報は雑誌だけが頼りでしたよね。
雑誌を見てOSやアセンブラやコンパイラなどを16進数で入力してました。
MZ-80K2にリセットスイッチを追加したこともありました。
今のパソコンのCPUでは人の手でやるのは無理ですね。
By Fotografia 2010/6/15 火曜日 - 1:27:04
kansakuさんこんばんは
私の頃はパソコンを買う=プログラムを作る(又は自分で入力する)だったし、
機能が少ない分、コンピュータの仕組みを理解しやすかったですね。
By kansaku 2010/6/14 月曜日 - 10:33:39
今は、昔と違って、インターネットという情報減があるので、なにをするにしてもスタートレベルが違いますよね。
そこからスタートする、コンピューター少年は、何処に行くのでしょうかね?
私などは、ネットにつないでいないと、単なるボケ老人予備軍じゃないのかな?などと感じる時があります。
パソコンを自作して、配線間違えて、火を拭かせて、流石、輸入物の自作機は違うな!などと妙に感動し、途方にくれた頃が懐かしいです(笑)